新しい風待ちdaily

happy44のブログ

夕暮れ時はさびしそう

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ラジオから、NSPの夕暮れ時はさびしそうという曲が流れてきた。

なんてことのない歌詞と曲だが、懐かしくて聞き入ってしまった。

NSPのうたを聴いていた頃は、思春期のちょっと手前だったように思う。

何も考えず、ただ、学校と家を往復していた頃だったが、今でも、何か考えて生きているかといえば、特別なことは何もないから、基本的には、昔のままで、たいして成長していないのかもしれないが、人生は短く、人はいつか死ぬということだけは理解できた。

残り少ない人生だから、自分の好き勝手にしたいと思うが、現実は、そういう訳にもいかない。いろいろと制約のある中で、工夫しながら自由を満喫するしかないのである。

社会と隔離して生活することは、どうあがいても不可能なことであり、NHKの朝ドラで、西川貴教さんが演じた世界的芸術家ジョー ジ富士川の口癖の「自由は不自由やで」のとおりである。

自由ではないと思っているから、形破りな人間に魅力を感じてしまうが、型破りな人こそ、自由は不自由と感じているのではないか。

何かで読んだ気がするのだが、型破りとは、型を知っている人が破るから型破りなのだ。型をマスターしてこその型破りであり、マスターしていない者は何者でもないのだ。

型にはまってこじんまり生きる方が、エクスキューズができて、楽なのではないかと思う。自分は、何者でもないが、人生がさびしかったと思いながら死ぬのはごめんだ。

型にはまっていても、さびしかったと思わずに済む日々は送れると思うのだ。そんなに、大上段に構えずとも、自然体で、毎日精一杯できることをすればいい筈だ。